数少ない女性の作曲家〜タイユフェール

100729 170709 225x300 数少ない女性の作曲家〜タイユフェール
女性の作曲家というと、みなさんは、誰を思い浮かべるでしょうか。

「乙女の祈り」の作曲家、ポーランド生まれのバダルジェフスカ…23歳〜27歳で没(2つの説あり)。18歳の時の作品。代表作は、主にこの曲だけで、華やかで装飾的であるが、意外に単純な和声で出来ている。

ファニー・メンデルスゾーン…メンデルスゾーンのお姉さん。

クララ・シューマン…シューマンの妻。ピアニストとして一流であり、作曲の方は、作品があるといった感じ。。
、など少ないのです。


ここでは、両大戦間に、フランスで活躍した6人組の紅一点、ジェルメーヌ・タイユフェールをご紹介します。

おすすめは、「フランスの花々」という、組曲です。

難易度は、楽譜的にかなりシンプルですが、果たしてきちんと演奏となると、捉えどころが難しい…日本人的ではない感性の曲です。

ひとつひとつの曲に、南仏の地名と花の名前が付けられています。

プロヴァンスのジャスミン、アンジューの薔薇、ラングドックの向日葵、ルーションのカモミール、プロヴァンス高地のラヴェンダー、ベアルンの朝顔、など、 

題名を読んでいるだけで、香ってくるかの様ですね! 


タイユフェールは、脚本家のジャン・コクトーに、「耳のマリー・ローランサン」と言わしめたそうです。 

2つの大戦間の頃なので、この時代の作品には、あまり華美なものは少なく、むしろ、響きに簡素な美(わび、さびのようなもの…)を感じます。

狂乱の20年代」の独特の空気を伺い知ることが出来ます。

次の、「音楽史の旅」は、フランス6人組にしようかなと考えています☆
ブラームスにしようと思っていましたが、暑そうなので…(^^:)

カテゴリー: 楽譜, 音楽, 音楽史 — admin 6:16 PM  コメント (0)

ラングドック地方の魅惑

先日、生徒さんのお母様のワイン教室で、フランス南西部のラングドック・ルーション地方の赤ワインwine ラングドック地方の魅惑を、テオダ・ド・セヴラックの音楽とつくづく共通点があるなと思いながら、戴きました。

セヴラックといえば、「ラングドック地方にて」など、そのものずばりの曲目を作っています。(弾きやすいのは、「休暇の日々 第一集」などでしょうか。)

その共通点とは、「大地の香り」。

土臭さです。。

燦々と強い太陽が照りつける、フランスとスペインとの国境近く…ピレネーの麓で、石灰の岩肌をむき出しにした荒々しい風景を想像します。

洗練とはまた趣の違った、南仏の自然を、フランス音楽で味わいたい方には、お勧めの作曲家です。

100720 115947 112x150 ラングドック地方の魅惑100720 124212 112x150 ラングドック地方の魅惑100720 123041 112x150 ラングドック地方の魅惑     ワインの先生の3品

カテゴリー: 音楽, 音楽史 — admin 10:14 PM  コメント (0)

ショパン〜マヨルカ島からノアーンの間〜

DSCF15732 300x225 ショパン〜マヨルカ島からノアーンの間〜
誠に、作曲家の人生と作品は切り離せないものです。

ショパンとジョルジュ・サンドの出会いは、ショパンの作品においても、健康にも大きな豊穣をもたらしたといえますが、サンドと出会った頃のショパンの曲には、たとえ短調の暗い曲にも、悲壮感は無く、前向きな力強さを感じます。

その逆で、サンドと別れてからは、どんなに美しい曲にも寂寥感が漂い、それどころか、創作は枯渇していくのです。

1839年、悪天候や、結核への村民の対応で、ショパンが散々な思いをしたマヨルカ島を出て、マルセイユを経て、ノアーンにあるサンドが祖母から相続した大きな館(*サンドの出生は複雑。)に到着した一行は、安らぎの時を過ごすこととなります。

この頃の、ショパンの作品は、サンドの慈愛と手厚い保護を受け、移ろう様な和声の中にも微妙な優しい襞がみられます。

それまでの、『祖国を想って…』というのとはまた違う、個人的な穏やかな安らぎと幸せ、自然の描写が、その頃のショパンの心象を映し出しているかのようです。

マヨルカ島への移動とて、ショパン初の地中海体験となった訳ですから、その波も光も、作風に影響を与えたといえるでしょう。

カテゴリー: 音楽史 — admin 11:08 PM  コメント (0)

サイトをご覧下さっての、嬉しかったお言葉

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少し前に、このサイトをずっとご覧下さっていらした方から、嬉しいお声を頂きました!icon redface サイトをご覧下さっての、嬉しかったお言葉
もう随分前から、親子で、私のブログと「音楽史の旅」をお読み下さり、しかも、あの長い「音楽史の旅」を、全部読んで下さったとか!!

親御さんからは、「作曲家の人生が綴られている中で、(私の)思い入れや、共感が伝わって来る様でした」という、大変嬉しく、有難いお言葉を頂き、胸がじーんと来てしまいましたsign03 サイトをご覧下さっての、嬉しかったお言葉
私が、「長過ぎやしませんか?!私の家族でさえ『(音楽史)長いcoldsweats01 サイトをご覧下さっての、嬉しかったお言葉』『これは誰も読むのが面倒くさいかもsweat01 サイトをご覧下さっての、嬉しかったお言葉…』と言うんですよ〜(笑)と申し上げた所、子供さんが、「そんなことないですよ。きっと、もっと沢山の人が読んでいると思います。」と言って下さった時の感動weep サイトをご覧下さっての、嬉しかったお言葉
お子さんは、ブログの中では、「作曲家の死因」について書いたものが強く印象に残っていると言ってくれたんです。マニアックだと笑っていましたが!

その時に、他にもたくさんの嬉しいお言葉を頂きましたが、あとは胸にしまい、これからの励みとさせて頂きます。

ご感想を、言葉にして伝えて下さった方たちに、どうしてもこの場でも、お礼が書きたかったのです。

私のやっていた事が、全くの無駄では無かった、少しは、どなたかの心の琴線に触れる事が出来たのか…と、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

次の作曲家は決めてありながらも、ここの所お休みしていた音楽史の旅の更新。

生徒さんのレッスンへの集中と、自分の練習にも今は比重をかけているので、もう少しだけ更新までの期間は延びますが、また是非読んで頂けたら幸いです。

オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる

専門家の集まるサイトオールアバウトで、ピアノ教室運営の専門家、藤拓弘先生が、「ピアノレッスンのヒント集」というコラムに2月にご紹介下さっていた「音楽史の旅」。

近々本を出される執筆家でもあられるプロの先生から、こうしてご紹介頂けることは、何よりの励みとなり、やっと8人目の作曲家、ベートーヴェンをupする事が出来ました。

この度は、ナポレオンの所で難航し、当時のパトロン制にも新たな興味が湧き、ソナタの表には、作品の献呈を受けた貴族を表記しました。(ちょっと、マニアックだったかもしれません。)又、これまでの作曲家にも画像を増やしましたcamera オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる

毎回、素敵なイラストを描いて下さっているのは、Webデザイナーの神尾明子さんです。

今回のイラストも、眼光鋭いicon cool オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がるベートーヴェンの精気溢れる様子が、伝わって来る様です。ヨーゼフ・シュティーラー作の肖像画が元になっており、左手に持っている楽譜memo オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がるは、「ミサ・ソレムニス」の楽譜だと伝えられています。

さて、もうすぐ始まる「おんがく力」グループセミナーでは、こちらの神尾さんに紙芝居制作shine オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がるをお願いしたものを使用しますhappy01 オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる 

プロのデザイナーさんの作って下さった紙芝居を見れますheart02 オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がるこれは、大変ラッキーです♪sign03 オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる

どんな風になるか、教室の皆さん、今から楽しみにしていて下さいねsign01 オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる(「音楽史の旅」の様な難しい内容にはしないので、ご安心を)実は、アニメの声優さんを志せば良かった(?)程、声真似の得意な私・・・、紙芝居、自分でも愉しみデス。 

ご転勤などで、郡山に来られた方、新学期に入りcherryblossom オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる、一段落つかれレッスンをご検討中の方、今ならまだ、楽しいグループセミナーnotes オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がるに間に合いますhappy01 オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる 

個人レッスンのたまの息抜きに、わいわいと仲間gemini オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がると音楽に親しみましょうtulip オールアバウトで藤拓弘先生にご紹介戴いた「音楽史の旅」〜紙芝居へと夢広がる!! 

カテゴリー: ピアノ教育, 音楽史 — admin 9:33 PM  コメント (2)

大作曲家の人生から学ぶ(ベートーヴェン)

100330 160622 112x150 大作曲家の人生から学ぶ(ベートーヴェン)
夜になると雪が積もり始める寒さが続いていましたが、今日はすっきり晴れました。あさってからは4月!

2日間のレッスン休みを利用して、やっと「音楽史の旅」ベートーヴェンを書くことが出来ました。更新の都合上、upは4月7日になります。

ベートーヴェンのピアノソナタの殆どが、貴族に献呈されている背景には、パトロン制には、返礼の義務があることや、パトロンの方でも、偉大な芸術家を抱え込むことが、ある種のステイタスだったことがあります。

時流を見計らう才にも長けていたベートーヴェンは、パトロン達の支援を受け、収入につながる仕事をして行きましたが、克己心や、独立心、自立心をかなり強く持っていた様です。

ベートーヴェンの逸話の数々は、ある程度知っているつもりでいましたが、深く知って行くと、様々な人生の局面において、必然的な行動というのが見られ、知れば知る程興味が湧いてきます。

それにしても、大作曲家といわれる人達の人生は、凡人より過酷な生い立ちや、乗り越えなければならない壁に満ちて、スリリングですね。

音楽家に取って一番大事である聴覚を失う運命は、あまりにも絶望を背負い込んだことでしょう。

以前、美術の本で、スペインの画家のゴヤの絵に例えられているのを読んだことがあります。

「耳の聴こえないベートーヴェンは、聴覚の無を通して、人間としての孤立感を抱えていた。それは、まるで周囲が真っ黒に塗り込められたゴヤの絵の世界に似ている。」と…。

カテゴリー: ピアノ教育, 音楽史 — admin 10:47 PM  コメント (0)

ナポレオンとベートーヴェン

アンバリッド
この写真は、ナポレオンが眠るアンヴァリッド(廃兵院)です。(のだめの映画で、幾度も出て来たアレクサンドル三世橋から、まっすぐにアンヴァリッドを望むラインが綺麗にみえます。まさに、ゴールド三昧。)

イタリアのコルシカ島(フランス領・面積:四国の約半分)の生まれのナポレオンは、フランス革命後の混乱期を鎮圧したパリ市民の救世主として、ヨーロッパ統合を夢見つつ、軍事力でヨーロッパを征服していきました。

ナポレオン軍は、153回戦って、113勝40敗!

ナポレオンの通った所には、Nの刻印があったりします。

Nの刻印ベートーヴェンは、当時、フランスの支配化にあったウイーンにいながらも、ナポレオンを尊敬し、英雄として讃え、「交響曲第三番 英雄」を書きましたが、35歳でナポレオンが皇帝に即位したと聞くと、幻滅しheart03 ナポレオンとベートーヴェン、怒ってicon evil ナポレオンとベートーヴェン献呈しようと掲げていた「ブオナパルテ(伊)」(ボナパルト:ナポレオンの名字である)の文字を消してしまいましたmemo ナポレオンとベートーヴェン
ナポレオンが低い身分から出発して、高い地位に登りつめた偉大さに、多少は自らを重ね合わせていたと思われますが、その英雄が、まさにウイーンを攻撃している情勢が、「英雄交響曲」の献呈を却下した、大きな要因となったそうです。

しかしながら、ウイーン12年間もナポレオンの支配化bomb ナポレオンとベートーヴェンという状況の中で、ナポレオンの英雄ぶりを讃えていたベートーヴェンは、やはり独自の意思を持っていた様です。

ナポレオンは、後に、セントヘレナ島に流刑wave ナポレオンとベートーヴェンになり、遺骸は、彼の遺した「セーヌ河のほとり、あんなにも愛したconfident ナポレオンとベートーヴェンフランス国民の真ん中に眠りたい」という言葉通りの場所「アンヴァリッド」に今も納められています。

皮肉なことに、その巨大な棺は、ナポレオン自身が建設を命じた「凱旋門」を通ることで、パリ帰還を果たしました。

生前中、ヴェネチアを破壊したりbomb ナポレオンとベートーヴェン、アルプスを越えてhorse ナポレオンとベートーヴェン、イタリアに遠征したり、エジプトやロシアに遠征したりhorse ナポレオンとベートーヴェン…、どんな方だったんでしょうね。

カテゴリー: 音楽史 — admin 12:40 AM  コメント (2)

Happy Birthday toショパン♪

今日は、200年前に「ピアノの詩人」ショパンが生まれた日ですbirthday Happy Birthday toショパン♪
 
誕生日にちなんで、ショパンの生涯confident Happy Birthday toショパン♪と主要作品リストmemo Happy Birthday toショパン♪を、こちらにupしましたnote Happy Birthday toショパン♪
是非、ご覧下さいね!

生涯を読まれてから、作品リストをお読み頂ければ、わかりやすいかなと思いますhappy01 Happy Birthday toショパン♪
 

いつもながら、また子供さん向け文章ではなく、つっこんだ話となり、ジョルジュ・サンドとの破局に関し、もしかしたら「肺の病の悪化(結核)」からサンドが避けたがっていたなんていう、主観的な説まで添えてしまいましたcoldsweats01 Happy Birthday toショパン♪
ショパンと、その周りの人々の手紙を読むと、よく言われている「お家騒動」だけで、破局にいたった様にも思えないなと。。
 

公文書では、2月22日生まれと記載されている様ですが、ショパン自身が、3月1日生まれだと言っていて、真相がどちらなのかは、未解決なのだそうです。

いずれにしても、200年前の今日は生まれている訳で、なんだかわくわくしますね。

今日はショパンの曲など弾いてみようと思います!

カテゴリー: 音楽史 — admin 3:48 PM  コメント (0)

大人気の音楽ブログに、私の「音楽史の旅」サイトが紹介されました!

リーラ・ムジカのピアノ室」という、全国のピアノに親しむ子供から大人、そしてピアノレスナーに絶大な人気を誇るブログを、私は日々読ませて頂いています。

毎回、多彩な内容で、音楽や仕事術など、楽しくて有益な情報が満載ですnote 大人気の音楽ブログに、私の「音楽史の旅」サイトが紹介されました!
 
執筆者の藤拓弘氏は、ピアノ月刊誌「ムジカノーヴァ3月号book 大人気の音楽ブログに、私の「音楽史の旅」サイトが紹介されました!」(2/20発売:音楽の友社)に、12ページにも渡る特集が組まれているそうです!

 
さて、そちらのブログの2/10の記事で、当サイトの新企画「音楽史の旅」が、[お役立ちサイト]として、ご紹介に預かりましたsign01 大人気の音楽ブログに、私の「音楽史の旅」サイトが紹介されました!

まだ始めたばかりの「音楽史の旅」に熱いエールを送って下さり、ものすごく感激致しております。ありがとうございます!!

今後一層、良い内容にしていきたいと希望に燃えます。


藤拓弘氏のこれからのご活躍にも、目が離せませんねhappy01 大人気の音楽ブログに、私の「音楽史の旅」サイトが紹介されました!

カテゴリー: ピアノ教育, 音楽史 — admin 3:04 PM  コメント (2)

徒労でも無かったドビュッシーの家探し(2)

ドビュッシーの生家
開館時間がたったの2時間、しかも、「夕方」という、行楽気分の盛り上がらない条件下で、郊外に行くのは、実は気が進まなかったので、ぎりぎりまで他の予定を過ごしていた末の決断。

こんな時は、「絶対行く」という気持ちが欠けているので、やっぱりだめなのかもしれません。

しかしながら、この土地を実際に見てみたことは、収穫でしたicon razz 徒労でも無かったドビュッシーの家探し(2)
「国家の品格」を著された、数学者の藤原正彦氏が、別のご著書で書かれていますが、「天才の生まれた場所の側には、必ず、美しい(自然の)場所が在る。」(文章自体はうろ覚えで、大変失礼します。)といった内容を思い出します。

ドビュッシーは、父の仕事の都合で、フランスの中を転々として幼年期を過ごしたそうですが、少なくとも、この生まれた土地は、フランソワ一世の城や、太陽王ルイ14世が誕生した館があり、その後、ベルサイユの庭園を設計したルノートルにより造られた、広大なパークや、テラスがあり、野性味あふれる自然に満ちていたのです。

これは、作品の中に、自然の描写を好んで題材とした、ドビュッシーの作風に影響を与えていないとはいえないであろうicon razz 徒労でも無かったドビュッシーの家探し(2)
 

公園は、雪で覆われていましたが、季節が違っていれば、また別の顔を見せるのに違いない。と思います。(下に、雪のため不毛地帯の様な、広大な公園と、イタリア風の平らな屋根のフランソワ1世のお城を載せますが、がっかりしないで下さいね。雪のため、雪のため。)

雪に覆われた広大な公園…CIMG5134 150x112 徒労でも無かったドビュッシーの家探し(2)

カテゴリー: 旅行つれづれ, 音楽史 — admin 11:08 PM  コメント (0)
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